マネー・ボールが野球界に与えた影響

映画「マネーボール」の最後にもあったように、最初はその「データ主義」なやり方に大きな反発や批判を生んだビリーの理論でしたが、アスレチックスがプレーオフに進出するまでの強豪チームになったことから、その理論の正しさが証明され、翌年にはビリーのやり方を模したボストン・レッドソックスがワールドシリーズを制し、世界的に認められる理論となりました。旧来の野球のあり方を根本から否定する斬新なビリーの戦法は、野球界に少なからぬ影響を与えています。

スモール・ボールからビッグ・ボール、そしてマネー・ボールへ

小説「マネー・ボール」が発売されてから5年が経過した2008年時点においては、「マネー・ボール」とは単なる著書名に留まらず、「出塁率を重視する、盗塁と犠打は極力避ける、ドラフトでは高校生よりも大学生を優先指名する」と言った「セイバーメトリクスに基づいた理論・戦略・戦術・作戦・選手評価システム・補強・編成・マネジメント」の総称としても用いられるようになっています。かつて1910年代以前は極めて長打が出にくい状況だったので、どのチームも皆一様にスモール・ボール(バントや盗塁など小技を使う戦術)を基本戦術として採用していましたが、20年代に入るとボール反発力が飛躍的にアップし、一躍ホームラン時代の幕が開きます。小技や足での攻めを仕掛けて細かく得点を積み重ねるよりも、腰を据えて一発長打攻勢を狙う方が大量得点を挙げるためには効果的となったのです。以後、現在に至るまでの長きにわたってビッグ・ボール(出塁率や長打力を重視する戦略)がMLB全体の主流となりました。このようなスタイルを極限まで突き詰めた戦術が「マネー・ボール」なのです。すなわち、統計学の分析手法に基づいて出塁率と長打率を重んじ、犠打や盗塁は非効率的として極力敬遠するわけですが、このようなマネー・ボール戦法は、実はアスレチックスが先駆者というわけではなく、1960年代末から80年代にかけて4度のリーグ優勝を果たしたボルチモア・オリオールズも取り入れていました。「1点しか取りに行かなかったら、1点しか取れない」と考える「アール・ウィーバー監督は、小技とスピードに依存することを潔しとせず、「投手力と守備力、3ラン・ホームラン」を信条としていたことで広く知られています。

「マネー・ボール」に対する批判

小説「マネー・ボールが世に出てから10年の月日が流れ、その間日米で大きな反響と議論を呼びましたが、歴史のある野球界においてはその主張があまりにも突飛過ぎ、かつ旧来の野球観を揶揄・否定するような記述が多かったため、一部の人々からは反発と反感を買いました。彼らは「スモール・ボールこそ至高の戦術でありスマートな戦い方である」と崇拝し、ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムに代表される機動力野球に賞賛を惜しまず、逆にアスレチックスのような「動かない野球」、つまり初球打ちを良しとせず、得意なコースのボール以外には手を出さないという戦法を無策で無能だとして下に見る傾向が強いです。ビリー・ビーンがアスレチックスで実践している「マネー・ボール」の思想は、「低予算でいかに好チームを作り上げるか」という発想に根差している点にあります。ビリーが出塁率を重要視したのは、それが理に適っているだけではなく、他のチームがそれを軽視していたため、選球眼が鋭い打者を餡かで獲得することが出来たからに他ならないのです。つまり、貧乏球団が金満球団と互角に戦うために編み出された苦肉の策であり、いわば「貧者の野球理論」でもあるのです。

現在のマネー・ボール

旧守派から非難を受けたマネー・ボールではありますがやはり反響も大きく、次第にマネーボールを模倣する球団が現れるようになりました。そのため出版された当時と2014年現在では状況に変化が生じており、マネー・ボールの内容が球界に広く浸透した今となっては、出塁率に注目することはどのチームにとっても当然のこととなりました。特にセオ・エプスタインGMのボストン・レッドソックスに代表されるように、豊富な資金力を誇る球団までもがこぞってビリーの手法を模倣してセイバーメトリクスを重視するようになると、旧来の指標や主観的な要素によって仮想評価されている選手を安価で獲得することが難しくなり、2000年代後半からアスレチックスの成績も低迷するようになりました。そのため、今日では彼の哲学にも若干変化が生じており、近年は守備や走塁にも比重を掛けるようになっています。実際、2009年シーズンのアスレチックスはラージャイ・デービスがリーグ4位の41盗塁を記録、翌年もラージャイは50盗塁でリーグ2位の記録を達成し、クルフ・ペニントンも29盗塁を記録しています。チーム盗塁数でも19年ぶりに150を越え(リーグ3位)、犠打数は12年ぶりに40を越えるなど、これらのスタイルに変化が生じています。これについて、ビーンは「状況は絶えず変化する」と語っており、現在は試行錯誤の時期にいることを認めています。ただし、盗塁に関しては出塁率、長打率に優れた選手を財力のある球団に獲られてしまうようになったため、苦肉の策として増えていただけで、盗塁にあまり効果がないという従来の主張は今も変わっていないそうです。

私はやっぱりスモール・ボール派!

ホームランは野球の醍醐味です。打球がぐんぐん伸びて、外野スタンドに飛び込んだ瞬間の客席のボルテージの高さは下手なライブ会場よりも高いと思います。手っ取り早く点を取れるというところも分かります。ですが、やっぱり私は塁に走者を貯め、一塁づつじりじりと歩を進め、そしてタイムリーで全力疾走して点を取る野球が好きです。ホームランはスカッとしますが、タイムリーは徐々に1点に近づくドキドキ感があります。小技を駆使して戦う機動力野球も大好きです。長打力のある野手が多い方が点数を取れる可能性が高いのは素人でもわかることです。ですが、そういう人がいない中で、じわりじわりとコマを進めていく戦い方で競り勝つ野球は観ていて面白いです。守備のファインプレーがあれば観客は湧きますし、試合の「流れ」もチームに傾いてくると思うのです。マネー・ボールの理論で行けば、全否定されている盗塁も、相手チームのミスを誘い1点を奪うチャンスになる可能性だってあります。きっとその可能性は限りなく低いというデータがあるからマネー・ボールでは軽視されているのだと思いますが、そうやって小技を積み重ねることで、選手一人一人の能力は高くなくても勝ちを積み重ねることが出来るのではないでしょうか。見逃し三振よりも思いっきり空振りした三振の方が観ていて気持ちがいいと思う私は、根っからのスモール・ボール派だということでしょう。

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