ビリーが実践したセイバーメトリクス

映画「マネーボール」の原作となったのは、映画にも登場したオークランド・アスレチックスの実在のゼネラルマネージャーであるビリー・ビーンが貧乏球団を強くするために「セイバーメトリクス」という手法を用いて野球界に起こしたある革命を描いたノンフィクション小説です。タイトルは、「マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男」で、著者はマイケル・ルイスです。2003年に米国で発売され、この小説はベストセラーとなりました。

小説「マネー・ボール」

2000年代初頭のメジャーリーグは、財力のある球団とそうでない球団の格差が大きく、良い選手はことごとく金満球団へ引き抜かれる状況が続いていました。貧乏球団のオーナーからは、「もはや野球はスポーツではなく、金銭ゲームになってしまった」という嘆きの声が上がるほどでした。そんな中、リーグ最低クラスの年俸総額でありながら黄金時代を築いたチームがありました。それがビリー・ビーンGM率いるオークランド・アスレチックスでした。毎年のようにプレーオフ進出を続け、2002年には年俸総額が1位のニューヨーク・ヤンキースの1/3程度だったにも関わらず、全球団で最高の勝率を記録したのです。アスレチックスはなぜ強くなれたのか・・・。多くの野球ファンが感じていた疑問の答えは、「セイバーメントリクス」を用いたチーム編成でした。小説の原題に付いた「The Art of Winning An Unfair Game」の直訳は「不公平なゲームに勝つ技術」ですが、これは資金力の差という不公平性の中でかつためにセイバーメトリクスを駆使したということを表しています。アメリカ国内での反響は大きく、絶賛を集めた一方で、保守的な野球観を持つ人々による批判も多く寄せられました。著者のルイスはペーパーバック版のあとがきで「ベースボール宗教戦争」と表現するほどでした。ビリー・ビーンが定義する勝利するための要素は、旧来の野球の価値観では重要視されず、そのため選手の年俸に反映されていませんでした。そのおかげで低い年俸でもビリーの考える「いい選手」を獲得することができ、結果的に戦力が上がったのです。ヤンキースなどの資金力のあるチームに比べて、この理論で強くなったアスレチックスの1勝するための金銭的コストは、はるかに低く抑えられました。これは投資効率として考えた場合、驚異的なものでした。

セイバーメトリクスとは

セイバーメトリクスは、野球においてデータを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法のことをいいます。この手法は決して新しいものではなく、野球ライターで野球史研究家・野球統計の専門家でもあるビル・ジェームズが1970年代に提唱したものでした。「セイバー」とはアメリカ野球学会の略称「SABR」で、「メトリクス」は「測定基準(metrics)」のことです。ジム・アルバート、ジェイ・ベネットが著した「メジャーリーグの数理科学」はセイバーメトリクスについて分かりやすく解説しています。野球には、様々な価値基準・指標が存在しますが、セイバーメトリクスではこれらの重要性を数値から客観的に分析しました。それによって野球における采配に統計学的根拠を与えようとしたのです。しかし、それは野球を知っているものならば“常識”であるはずのバント・盗塁の効力を否定するなど、しばしば野球の従来の伝統的価値観を覆すものであると同時に、提唱者のジェームズ自身が本格的に野球をプレーした経験がなく、無名のライターに過ぎなかったこともあって当初は批判的に扱われました。この理論が一般的に知られるようになった現在でも「野球はデータではなく、人間がプレーするもの」という野球哲学持つ人々からは歓迎されていない風潮があります。一方、メジャーリーグは、公式記録にセイバーメトリクスに基づく指標を複数使用しています。その他、アメリカの主要なスポーツメディアが、セイバーメトリクスの各種の指標を選手成績として公表しています。

ビリーが実践した方法

投手に求められたこと

ビリーが投手に求めたことは、得点される可能性を下げることでした。アウトを稼ぐ能力のみで評価されるのが最大の特徴です。

  • 与四球・・・ビリーの戦術では、打者の選球眼を最重要視しています。このことの裏返しで、投手には四球を与えない能力が求められています。四球は塁間を移動中にアウトになることがないため、与えることは望ましくないとされています。そのため、試合において敬遠は戦術として用いられません。敬遠が相手の得点期待値を低下させることは極めてまれだからです。
  • 奪三振・・・最もシンプルかつ確実にアウトに出来る方法です。フェアグラウンドに打球が沢山飛べば、その分安打になる確率と、失策によって出塁を許す確率が上がってしまうためです。
  • 被本塁打・・・投手に責任がある唯一の安打がホームランです。被本塁打数をなるべく少なくすることが投手に求められていました。
  • 被長打率・・・投手が対戦した打者の合計で被塁打を割った値です。ヒット、特に長打を許した数が少ない投手ほど数字が小さくなります。失点確立を低くするためには長打を打たれないことが重要になるため重視されています。打たれた場合の打数がゴロであれば、長打となる率は低くなります。そのため、打たれた打球がゴロになる率も評価基準として取り入れました。

投手に求められていないこと

投手に責任があると考えられていた要素の大半は、投手以外の球場や野手といった状況(つまり運)に依存するとしています。

  • 被安打数・・・フェアグラウンド内に打球が飛んでも、それが安打となるか否かは野手の守備能力や運に依存する部分が大きいと定義しています。つまり、本塁打以外のフェア打球は投手には責任がないということです。
  • 防御率・自責点・・・打者の打点と同じく、周囲の状況によって大きく変動する要素のため、これらの数値は重要視されていません。
  • 勝利数・セーブ・・・投手自身の能力に依存する数値ではないと定義しています。采配により作為的にコントロールできるためです。「クローザーは誰でも可能。9回の抑え投手よりも7・8回に優秀な投手を起用した方が勝率が上がる」と考えられています。
  • 球速・・・必ずしもアウトを取る能力には結びつかないと定義しています。遅い球しか投げられなくても、前述の要素を満たしていることを重んじています。

まとめ

上記のように、ビリーは旧来野球界で重要視されてきた要素を切り捨て、斬新な方法で投手を選別しました。後述しますが同じように打者に対しても革新的な基準をもうけ、選別しています。勝利数や球速を重要視しないというのは日本の野球界では考えられないことですし、被安打は投手の責任ではないと言い切っているところも目からうろこです。安打は偶然の産物であり避けようがないもの、という定義には正直言って極端すぎるのではと疑問を感じなくもないですが、日長打率を重要視する理由や、与四球を与えない、敬遠をしないなどの理論には賛成できます。こう見るとやはり私は古い考えの持ち主で「野球はデータではなく人間がプレーするもの」という考えに近い気がします。ビリーの戦法が間違いではないことは分かるのですが、やはりあまり好きになれないなとも思います。

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